美味しい水を運んだ「クルクチェシメ給水路」 イスタンブール

(文 塚本敏行)

クルクチェシメ給水路

A pathway for fine-tasting water, KIRKCEŞME WATER SUPPLY SYSTEM

美味しい水を運んだ「クルクチェシメ給水路」トルコ・イスタンブール

Special Features / Civil Engineering Heritage IX

特集 土木遺産IX : バルカン諸国/多民族地域における土木文化

建設コンサルタンツ協会(JCCA)~ 協会誌250号(頁40~43)

会誌編集専門委員会

ベルグラードの森トルコ・イスタンブール旧市街地の北約30km、ヨーロッパ側の黒海まで広がるベルグラードの森は、週末になると、ピクニックやバーベキューを楽しむ家族連れで大変賑わう。そこには池や湧泉が多くあり、昔からイスタンブールの重要な水源地の一つであった。そして、この森の中に点在するオスマン時代に造られた石造りの水路橋は、今も美味しい水を
市民に送り続けている。かつてこの地を統治していたローマ帝国は、アッピア街道に代表されるインフラ整備に重点をおいた国家である。

それは街道だけでなく、フランスのポン・デュ・ガールやスペインのゼコビア水路橋のような給水路にも及ぶ。イスタンブールに遺構が残るヴァレンス水路橋もローマ時代の378年に建設されたものだ。オスマン時代も修復を繰り返しながら19世紀末まで使われ続けたのである。オスマン帝国の最盛期、1520年に即位したスレイマン大帝は、既に城壁内への給水路があるにもかかわらず、この新たな給水路の建設を命じた。それが1554~1563年の10年間で完成させた延長50kmを超える「クルクチェシメ給水路」である。なぜ、新たな給水路を造ったのだろうか。

貯水池
貯水池

■ 旧称コンスタンティノープル
330年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世は新しい首都コンスタンティノープルを建設した。それはヨーロッパとアジアが接するボスポラス海峡に臨む、古代ギリシアの都市ビザンティオンの丘の上に建てられた。後世に東ローマ帝国がビザンツ帝国とも呼ばれるようになるのはこのためだ。750haを城壁で囲み、基本的なインフラを整備して水路も建設した。395年のローマ帝国の分裂後。。。<もっと読む

 

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